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静かな海の景色

安産・子授けのご利益・大母神の所縁の地「比婆山」の里 母里郷

(島根県安来市伯太町)

比婆と久米の語源

◆久米の語源について

久米神社とは、熊野神社の元になった名称と言われています。全国に久米神社といった名の神社はここ比婆山にしかありません。では「久米」という名称はどこからやってきたのでしょうか?

・久米は篭もる?

「久米」の語源は「コムル(隠し奉る)」の意でイザナミノミコトの霊をお祀りしたと伝えられています。

・久米は亀?

しかし、比婆山久米神社の「久米」の語源には諸説あります。まず、周辺地域に「久米」という地名を調べてみると、隣町の鳥取県米子市に「久米」という名前が残っています。こちらの久米についての語源となった言葉は亀と言われています。遠い昔、大陸から縁起の良いとされる白亀が漂着しました。その縁起にあやかり、亀の文字をばらし「ク」と「田田=米」で久米としたと伝えられています。少々強引ですが、久米は亀という事を踏まえると、比婆山を形成する玄武岩の名の由来が蛇と亀の合わさった中国の神獣・玄武ですから、なるほど、久米神社とは亀神社とも読め、あながち的外れではないと言えそうです。

・久米は蛇?

神社の注連縄(しめなわ)の語源である尻久米縄(しりくめなわ)にも久米の文字が入っています。注連縄が2匹の蛇が絡み合い生産を意味しているとすれば、久米という言葉は亀というより蛇の方に関係していそうな気もします。(因みに注連縄は3本で締める3本締めもありますが、古代の西欧にも三つ巴の蛇の紋章があり、何か縁起の良い意味が込められていたと思われます)

・久米はクメール人?

南方に「久米島」という島があります。この島には畳石と呼ばれる名所がありますが、まさに亀の甲羅のような景観です。この光景を見ると、大地はやはり巨大な亀なのではないかと昔の人が想像してもおかしくありません。この久米島はその昔、クメール人(シュメール人が起源とも言われます)が辿り着いて稲作を伝えた地だとの説があります。クメールが転じて久米になったとも言われています。彼らが東南アジアを伝って久米島に辿り着き、そこからさらに北上してこの伯耆・出雲にやってきたのかもしれません。クメール人はジャポニカ米を大量に日本に持ち込んだとの事です。久米とはクメール人にも関係しているかもしれません。

◆比婆の意味

比婆山の「比婆」という字にはおばあさんを意味する文字が含まれており、グランドマザー・祖母、あるいは女性の先祖という意味が込められているとわかります。しかしそれだけでは、「姥捨て山ではないか」という疑問も生じてしまいます。それではイメージがよくありませんので、比婆の意味をさらに追求してみました。

・たたら場が語源とする説

比婆山周辺はたたら製鉄が盛んでしたので、火場が転じて比婆になったとの説があります。イザナミがたたらと深く関係していることもあり、火場山が転じて比婆山となったのかもしれません。しかし、比婆山自体でたたらを行っていた形跡は確認されていません。

・万葉集の原文にヒント

日本最古の万葉集の原文にある詩の中で、「比」は「妣」、「婆」は「波」と書かれています。これを比婆山に置き換えると「妣波山」となります。古事記の中でスサノヲが「僕は妣国根堅州国に罷らむと欲ふ」(僕は亡き母・イザナミの国、根の国に行きたい)と泣き叫んで父親のイザナギに追放された話がありますが、妣とは「亡き母」という意味です。また、万葉集では母親の事を表現する際、妣・波波・波々などで表記している箇所が見られます。波という字は母の事であり、イザナミの「ナミ」と同音です。そして波波や羽羽というハハは大蛇を意味する事が古語拾遺に載っていますので、結局は地母神に繋がっているようです。

・さらに昔は日波山だった?

以上から、比婆山には妣波(ひなみ:亡き母・イザナミ)という意味が隠れていますが、そもそも比婆山の麓に日波村(ひなみむら:現在は日次)がありました。妣波になる前は日波山か、単に波山と言ったのではないかと連想されます。なるほど、日とは太陽、つまり「元始、女性は実に太陽だった」という平塚らいてうの言葉の通りだったかもしれません。ただ残念ながら、その記録は見つかっていません。
その他にも伯太の「伯」はお隣の伯伎(伯耆国=鳥取県)の伯と関係があるようですが、鳥取県倉吉市には波波木神社というものがあります。伯伎というのはもともと波波木が転じて伯伎になったとも言われており、お隣の伯耆の国こそが元祖・母の国なのかもしれません。

参考文献・研究資料

1. 峠之内玄武岩の固結溶岩湖に関する研究

論文名
A solidified lava lake in an explosion crater within granitic basement, SW Japan

著者
Yoshihiro Sawada, Koji Uno, Tetsuya Sakai, Hironobu Hyodo

 

掲載誌
Bulletin of Volcanology
Vol. 85, Article 26

発表年
2023年

DOI
https://doi.org/10.1007/s00445-023-01634-3

研究概要

島根県安来市伯太町の峠之内玄武岩について、花崗岩基盤中に形成された爆裂火口を溶岩が満たし、そのまま固結した「固結溶岩湖」であることを地質学的に検討した研究です。溶岩湖は上部でおよそ340m×550mの規模を持ち、170m以上の深さに達すると推定されています。柱状節理の形態や方向、周辺岩石への熱的影響、古地磁気データなどから、溶岩湖の形成過程と冷却史が詳しく解析されています。

2. 伯太玄武岩の高ストロンチウム含有とマグマ成因に関する研究

論文名
Origin of Pleistocene Sr-rich Hakuta basalts, Shimane Prefecture, SW Japan

著者
Yoshihiro Sawada, Tetsuya Sakuyama, Tatsuki Tsujimori, Hirotsugu Nishido, Katsuyuki Yamashita, Syuhei Ohgo, Osamu Okano, Xiaoyu Zhang, Barry Roser

掲載誌
Lithos
Volumes 536–537, Article 108564

発表年
2026年

DOI
https://doi.org/10.1016/j.lithos.2026.108564

研究概要

安来市伯太町に分布する伯太玄武岩について、岩石学・鉱物化学・微量元素・Sr-Nd同位体・炭素同位体などを用いて、その特異なマグマの起源を研究した論文です。伯太玄武岩はストロンチウム(Sr)濃度が約1,700〜4,100 µg/gと非常に高いことが確認されており、一般的な火山フロント玄武岩とは異なる特徴を示します。研究では、沈み込むフィリピン海プレート由来の流体とマントルとの相互作用が、Srに富む玄武岩マグマの形成に深く関係している可能性が示されています。なお、本研究では伯太玄武岩を、峠之内玄武岩・比婆山玄武岩・上の台玄武岩などに区分して研究しています。

​雲伯堺
比婆山

大母神の坐所

本サイトでは、これらの学術研究によって確認された地質学的事実と、比婆山に伝わる古事記・信仰・地域伝承を区別しながら紹介しています。地質学的な年代、岩石の組成、柱状節理、古地磁気、ストロンチウム濃度などについては、上記の査読論文を主要な学術的根拠としています。一方、比婆山と伊邪那美命との関係や古代からの信仰については、『古事記』をはじめとする文献資料および地域に伝わる伝承に基づいて紹介しています。

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