雲伯堺
比婆山

イザナミノミコトの御陵
古事記が記した神々の母の眠る地
古代人がここを選んだ理由
「かれその神避りし伊邪那美の神は、出雲の国と伯伎の国との堺、比婆の山に葬りき」
古事記(西暦712年)にそう記されたこの山は、日本列島と神々を生んだ母神・イザナミノミコトが眠る地とされています。しかしなぜ、古代人はこの山を選んだのでしょうか。その答えは、現代科学によってようやく明らかになりつつあります。
出雲と伯伎(伯耆)の境
古事記の記述は明確です。
「出雲国(島根県)と伯伎(伯耆)国(鳥取)の境の比婆山」。島根県安来市伯太町の比婆山は、まさに出雲国と伯耆国の境に位置しています。
※広島県庄原市にも比婆山という山がありますが、こちらは備後の国と出雲の国堺になります。
比婆山の東側に向かい合うように聳える一対の山「上ノ代」には、標高330mの山頂付近一帯に無数の古墳群が存在しています。かつて、東出雲の玄関口と言われた場所で古墳群はその通行人たちに権威を示すために築かれたとも言われています。
この地には久米神社の奥宮が鎮座し、熊野大社の家系図には「比波山と青垣山に太い柱を立てイザナミとイザナギを祀り…」という記述もあり、この地が聖地として認識されていたことが伺えます。
※古事記の記述に最も合致する場所でありながら、宮内庁の陵墓参考地は別の場所(松江市・岩坂)に指定されています。この比定の経緯については三宅博士著の文献にも申請時の問題提起がなされており、比婆山久米神社こそが本来の御陵伝承地であるという見解を示されています。
重なった奇跡
現代科学と古代の記録を重ね合わせると、古代人がこの山を聖地として選んだことには、確かな理由があったことがわかります。
地球が作り出した特異の地形
比婆山南麓には世界唯一の固結溶岩湖があります。花崗岩の地盤の中に溶岩湖ができたという事例は世界に報告例がなく、130万年前の地球の記憶が今も岩石に封じ込められています。
神が造った結界
比婆山の山腹を鉢巻状に取り巻く柱状節理。その長さは約8km。亀の甲羅・蛇の鱗のように見えるこの岩の帯が、古代の人々の目には神が造った結界・神域の境界として映ったのかもしれません。また、雨に濡れると真っ黒に光るこの岩壁が、山全体を守護する大蛇の姿のようにも見えます。
130万年前の地球の記憶
比婆山の玄武岩を測定すると、現在とは逆向きの磁気が今も検出されます。130万年前の地球の磁場がそのまま岩石に記録されています。
地球の深部からの恵み
比婆山の大地には、周辺の火山岩の2〜4倍という異常に高い濃度のストロンチウムが含まれています。骨の形成に関わるこのミネラルは、湧き水にも溶け込んでいると考えられます。古くから「この水で産湯を使うと健やかな子が育つ」と言い伝えられてきたことは、生活の中で古代の人々が感じていた事だったのです。
再生と子授かりの信仰
山頂付近に点在する玉抱え石。130万年前の溶岩湖が生んだ丸い穴を持つ石が、子宝・安産の御神体として信仰されてきました。死と再生を司る母神イザナミの御陵に、再生と生命を祈る信仰が重なっていることは、必然の流れと言えます。
陰と陽が共存する神域
比婆山にのみ自生する島根県天然記念物・陰陽竹。一本の竹に雌雄が共存するという自然の奇跡が、死と生・陰と陽が共存するこの山の本質を象徴しています。イザナミノミコトの杖が竹になったという伝説も、この山が古事記以前から神域だったことを示しています。
