雲伯堺
比婆山
比婆山久米神社

比婆山は日本で一番古い歴史書「古事記」に、日本の国をつくられた母神・伊邪那美命を葬られた場所として記されている由緒ある山です。
古事記原文:「故其所神避之伊邪那美神者、葬出雲國與伯伎國堺比婆之山也」抄訳:その神避りし伊邪那美の神は、出雲の国と伯伎の国との境の比婆山に葬りき。
また、内務省蔵版「特選神名牒」には「出雲母里郷日波村の比婆山は古事記所載の出雲伯耆の堺、比婆山にして即ち伊邪那美命の神陵なり」とあります。
神社の名前である「久米」の語源は「コムル(隠し奉る)」の意で伊邪那美命の霊をお祀りしたと伝えられています。山頂には御神陵と安産、子授け、子育ての久米神社があり遠く能義平野、大山、島根半島まで眺望でき、また珍らしい玉抱石やこの山にしか自生していない島根県の天然記念物である陰陽竹の群生地があります。雲伯国境、山陽への要路に位置する要害の地であり、多くの受難の歴史に耐えた山でもあります。東方の上の台と対峙して、亀山鶴山としての山容を伝えます。久米神社は、御神陵の峰であることから、禁足地とされ、社祠峰から遥拝する時代もありました。
伊邪那美命(いざなみのみこと)

御祭神

由緒

比婆山熊野神社
下ノ宮(里宮)

比婆山久米神社
奥ノ宮



御利益


子育て
安産・子授け・子育てのご利益がある神社として、古くより厚い信仰を集めております。すすんでご利益を頂かれますよう、皆様の御参拝を心より、お待ち申し上げます。
子授け
安 産

比婆山久米神社
奥ノ宮
【通称】比婆山久米神社/比婆山さん
【鎮座地】能義郡伯太町横屋比婆山611-1
【主祭神】伊邪那美之尊
【神紋】五三の桐
【祭日】
例大祭 九月九日
春季例祭 五月九日
【由緒・沿革】
当社は比婆風土記に「久米社」とあり出雲地方に於ける著名の社として遠近に知られていたことが明らかで、創建の極めて古いこと、往古から朝野の崇敬殊に厚いことが知れもる。現在諸般の事情で戦後の宗教法人登録時の神社名が里宮「熊野神社」に列しているが、通称「比婆山久米神社」と呼ぶ。
比婆山は伊邪那美之尊の御神陵の伝説地としては、古事記所載、余りにも有名で史上枚挙に遑がない。
また世界中で「当山(標高330米)」ただ一ヶ所にある「陰陽竹」と呼ばれている珍しい天然記念物の竹がある。因みにこの地が出雲文化発祥の地として比婆山を中心に先史以来の古文化の芬香豊かなものがあることによっても輝かしい御由緒の一端を窺うことができる。
「神国島根」より転載

比婆山熊野神社
下ノ宮(里宮)
【通称】権現さん
【鎮座地】能義郡伯太町横屋尻台486
【主祭神】伊邪那美之尊
【配祀神】事解男之尊
早玉男之尊
【境内神社】
倉魂神・須佐之男神
伊邪那岐神・市杵島姫神
経津主神・建御祖神
【神紋】五三の桐
【祭日】
例大祭 十月九日
祈年祭 四月三日
新嘗祭 十一月二十三日
夏祭 七月九日
【由緒・沿革】
当社は古くから比婆山久米大明神熊野三所大権現と奉称し、土民信仰の中心となり、当国大守佐々木、塩谷累代社殿の造営修復、尼子氏も当社を氏神として代々神殿の造替月々の社参社領の寄進等寄りなく、幸久公自ら仁王尊像を刻みて奉安せり。松平氏も亦代々社殿の再建社参社領を奉るなど武家の信仰は殊に厚かった。
比婆山久米神社本宮は明治の神社取調べのさい社名も現今の熊野神社となる。
また一般には授児安産の守護神としてあまねく信仰されており、御社頭は日々安産を祈念する崇敬者が絶えない。